和歌山
2026年06月04日
熊野古道 -2

あっという間に6月です。
今月もどうぞよろしくお願いいたします

6月から台風が上陸ですって!
昨日は歯科医の予約があり、大雨の中を行かなきゃと思い、長靴を引っ張り出して外出したら、雨は時折パラッと降ってくるくらい
・・・マンションの大規模改修でベランダから外が見えない(雨の日は特に) って、困る。歯科医へ行ったのは、
抜歯とインプラントの埋め込みのため。
以前、治療した奥歯の歯茎がたまに腫れる。
理由は、脇に穴があって、そこからバイ菌が入りやすくなってるからだそう。
お医者が、歯を抜いた方が良いと。
その後、どうするか?
で、インプラント。歳を取るとなんだか要らない出費が嵩みますね。
「熊野古道」続きです。
次の日は、「熊野那智大社」と「那智の大滝」
jugon だけ違うホテルに宿泊したので、朝、那智駅で皆さんと合流しました。
その那智駅へ到達するまでがとっても大変。
前の日の夜10時くらい、チェックインの時に、明朝、那智勝浦駅までタクシーを予約したいと言うと、フロントの方がタクシー会社へお電話してくださいましたが、空きがない。
「え〜っ、どうしましょう? 」
「歩くしかないですね。」
「歩くって、何分?」
「20分くらいです。」
「道って分かりますか?」
「多分。トンネルを二つ抜けて・・・」
「え、そんな・・・ここに地図を書いてくださいませんか?」
「・・・少し、お待ちください。」と、フロントの係の方は中へ。
こんな会話の後、特別にホテルの送迎用のバスを出してくださることになり、ホッ。
翌朝、無事時間通りに駅まで送っていただいて、ほっとしたのも束の間。
荷物をロッカーへ入れようとしたら、ドアが閉まらない。
故障?まさか。と思いながら、さっきまでいなかった駅員さんの姿が見えたので、お願いして見てもらったら、システムがダウンしてるらしい。
ついでに、乗る予定の電車が掲示板に出ていないので、それも尋ねたら、その時間に那智駅に停まる電車はありませんから、バスかタクシーです、と。
「え〜ッ、時刻を調べた時にはあったのに・・・。それにタクシーは全部出払ってるはず」
そんなこんなで、もう焦る焦る。兎に角、まずは荷物を 1Fの鍵のコインロッカーに預け(100円玉 6個ありました〜) バスの時刻を見なければと思ったら、少し先のところにバスが停車。走って行って、運転手さんに尋ねたら、丁度、そのバスが数分後に那智駅方向へ行くというので、あ〜、良かったぁ!
前置き、長〜〜、ですみません。

那智駅から「大門坂」へ向かう道の入り口にあるコンビニまでは、マイクロバス。
コンビニで、お昼を仕入れて、道路脇や田舎道を歩きました。
「大門坂」までも数キロ・・・結構お疲れ(^^)
大門坂で記念撮影。写したのは jugon
ここからが本番。
石畳敷きの石段 267段(約600m) を登ります。
大門坂は、那智山の麓から熊野那智大社への、
両側に132本の杉の木などが並ぶ旧参道。
平安衣装で歩く方もいらっしゃいました。
(多分、男性だそう)
登った先でオレンジジュースを販売していました!
これ、絶対飲みます。生き返った心地


新緑が美しい。

朱塗りが映える「熊野那智大社」は、仁徳天皇の時代(317年) に飛瀧神社からこの場所に遷されたそう。
本殿前の内庭に大任を終えた八咫烏が、石化したとされる「烏石」があったようですが、気が付かず、残念。
「那智山青岸渡寺」(なちさんせいがんとじ) は、熊野那智大社に隣接する天台宗のお寺。明治の神仏分離まで、那智の大滝を中心として熊野那智大社と一体をなす神仏習合の一大修験道場であり、西国三十三所の一番札所。
ご本尊は、如意輪観世音菩薩。
現在の本堂は、1590年に豊臣秀吉が再建。
ここまで来たという満足感と
茅葺の本殿の落ち着いた雰囲気に心が癒されました。
↓ 「わぁ、これ!これ!」の景色(^^)


那智大滝は落差 133m
熊野那智大社の別宮「飛瀧神社」(ひろうじんじゃ) の御神体で、那智四十八滝の「一の滝」です。


滝壺までは時間がなくて行きませんでした。
「熊野古道」には、大阪からの紀伊路、高野山からの小辺路、大峰山寺からの大峯奥駈道、お伊勢さんからの伊勢路、大辺路、中辺路 など多くのルートがあります。
その中の中辺路(なかへち) の一部だけですが、今回、「薩摩街道保存会」の皆様と一緒に歩けてとても良い経験になりました。ありがとうございました

今日のニャーちゃん♪
「ふ〜〜ん、大きな滝だにゃ〜」
って言ってるかな?(^^)
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jugon1911 at 14:52|この記事のURL│Comments(10)
2026年05月29日
熊野古道 -1

少し涼しいと思ったのも束の間、30℃超えが続いて、
もう初夏を通り越して夏ですね〜

先日、たくさんいただいた海老煎餅の成分表を見たら、タンパク質やカルシウムが豊富、それに美味しくて手軽なので、これはいいものを見つけたと思い、
パクパクパクパク。
そ〜したら、翌日から蕁麻疹。痒いったらありません。
どうも、海老アレルギーのスイッチを入れてしまった様子。
あ〜ぁ、大失敗。
前回の続きです。
翌日は、橋杭岩から来た時と同じようにコミュニティバスで串本駅まで。
串本駅でそんなに時間の余裕がなかったので、コミュニティバスが時間より遅くて、TAXI も走っていないしすごく不安に。
5分遅れくらいで来てくれて、フ〜ゥ(^^)
串本駅からは、JRきのくに線で紀伊田辺駅へ向かいます。
この電車、2両編成で、途中一駅(白浜) 以外では前の車両の一番前のドアしか開きません。それに空いていて、後ろの車両だと乗降がなく、のんびり。
廃線になっては困るけれど・・・海岸線を見ながらの1時間半余りの電車旅、なかなか良かったです。

約束通り、紀伊田辺駅で皆さんと合流して、マイクロバスで熊野本宮大社へ。
最初、紀伊田辺駅から熊野本宮大社まで、歩くと思っていたのですが、そんな遠距離を歩く訳ないですね(^^)
大鳥居から石段参道を158段。
総門を抜けると檜皮葺の社殿が並んでいました。
1889年の水害を免れた上四社三棟が、「大斎原」(おおゆのはら) からこの場所に移築・再建されたそうです。
手水舎に八咫烏がありました。
3本足のカラス「八咫烏」(やたがらす)は、神武天皇を熊野から大和の橿原まで先導したという故事に習い、導きの神として信仰され、熊野三山では熊野権現の使いとして崇められているカラスです。
↓ 「大斎原」の川辺にあった "ロック バランシング"

熊野本宮大社の旧社地で、かつて壮麗な境内のあった「大斎原」は、
熊野川、音無川、岩田川の合流点の中洲にあります。

約 34m、日本一の高さを誇る大鳥居の上にも金色の八咫烏。
この中洲に、かつては五棟十二社と能舞台が立ち並んでいたのだそうです。
大鳥居から社殿跡へ向かう大きな杉の木が並んでいる参道は、少しひんやりしていて、身が引き締まる感じがしました。
↓ "一木造りの武蔵坊弁慶像"

武蔵坊弁慶は、熊野別当の関係者であり、速玉大臣に仕えた熊野三党の一つ鈴木一族の出自として、源平の戦いに出陣したとこの地に伝承されている由。

熊野速玉大社は、熊野の神々が最初に降臨した神倉神社から 128年にこの地に遷宮されたもの。
境内にある樹齢約 1000年の梛の木を御神木としていて、こちらの八咫烏は、梛の葉を咥えています。(写真なし)
せっかくなので、梛の実の御守りを購入しましたが、御神木は雄の木で、実はつかないのだとか。
↓ "夜は宴会"

賑やかで楽しい宴会でした。
並んでいるものは、全〜部いただきましたが、写したのはこれだけ(^^;;
美味しかったで〜〜す

↓
今日のニャーちゃん♪
ガーちゃんの3倍食べる、妹ニャーちゃん
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jugon1911 at 19:48|この記事のURL│Comments(8)


