鹿児島
2016年10月27日
鹿児島 2016 -1

8日間の鹿児島・熊本の旅から先週水曜日に名古屋、そして金曜日に横浜へ戻りました。
随分遅くなりましたが、ただいま

疲れで体が弱っていたのか久しぶりに酷い風邪にかかってしまい名古屋へ戻った翌日から声変わり・・・声だけだと誰だか分からないそうです

喉が痛く、咳が出て、頭が痛い・・・そんな症状が 1週間続いています。
もうそろそろ風邪で引き籠りにも飽きてきました

↑ もうお馴染みになったかも知れない西方の人形岩のある景色(^^)
鹿児島にいた 5日間、今年は、最後の一日を置いてお天気に恵まれずほぼ曇り時々雨の毎日。西方の浜辺へ下りたこの日は、海は凪いでいましたが一日中曇り空。

なかなか綺麗な夕陽に映える人形岩が撮れません。

午前中はお墓参り、戻ったら Tおばさんがお昼を準備して待っていてくださいました。 3人(父、妹、jugon) 共、伊勢海老のお味噌汁にニコニコ。
勿論、全員お代わりも! 大きな小豆のおこわも、美味しくて二つもいただいちゃって、お腹がいっぱい。
お腹熟しに、浜辺へ行って写したのが上の写真です。 去年までは一緒に海を見にでかけた父ですが、今年はそんな素振りも見せず。
浜辺から戻って脚立に上って柿の収穫をしたのはこの日だったかな? 形の良い大きな渋柿、もらって帰って焼酎をたらして密閉していたのを、さっき食べてみたら、トロリとして甘くて美味しい柿に変身していました


川内へ着いたのは前日でしたが、駅の改札口に宮崎の Yおばさんや Kちゃんたち、それに飛行機で私たちを追い越して行った妹も迎えに来てくれていてビックリ。
みんなで一緒に摂った夕食が↑
撮り忘れがいくつか。 でも、ピカピカで新鮮な "きびなご" はちゃ〜んと撮っていました。

鹿児島も熊本も暑かったのと行く前のバタバタで 9月がすっ飛び、なんだか季節感に狂いが生じていますが、思えばすでに 10月下旬。 お天気さえ良ければベランダから富士山が見える季節になりました。
今日のニャーちゃん♪
港の奥でカモメを追っかけていたクロちゃん。
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2015年12月08日
2015 鹿児島〜長崎

2011年は両親と、それ以降は父と 2012年は特別に 5月にも行きましたがそれ以外は、毎年 10月に訪れている鹿児島。
今年は、10月20日から川内と高城温泉に 5泊、長崎の島原に 2泊。
いつもながら、T叔母さんご一家にはお世話になりっぱなしの私たちでしたが、今年は妹も来て、父の妹親子も一緒で賑やかで楽しい日々でした。
帰りに寄った島原は、思いかけず父と別行動になり、リフレッシュもできて島原を堪能した感じ(^^)
年齢の割に・・・今年 93才・・・足腰もしっかりしている父ではありますが、これがずっと続く訳ではありませんので、その年その年を大切にまた来年を楽しみにしたいと思っています。

最近、間隔の空くことが多い当ブログ、この旅行記にも長々と 1ヵ月以上かかってしまいました。自分の記録のためという思いもあって綴ってきましたが、読んでくださったみなさまには感謝いたします。

・ 2015.10.20(火) : 名古屋 08:21 → 新大阪 → 川内 13:48
新大阪での乗り換え時間 30分ほどの間にトイレへ行った父がなかなか戻って来ず、電車の時間が気になり見ず知らずの男性に見て来てくださるようお願いをする一幕も。 午後11時過ぎ妹到着。
・ 2015.10.21(水) : お墓参り。Tおばさん宅で昼食。夕方、宮崎の叔母さんと Kちゃん合流。 午後 7時過ぎまで滞在。
・ 2015.10.22(木) : 午前中 K様宅。父と宮崎組は、Rちゃんの車でお墓。 妹と私は T子さんが原発へ。 阿久根の道の駅で待ち合わせ後、昼食。Tおばさん宅に 6時過ぎまで滞在。 妹と 3人で夕食。
・ 2015.10.23(金) : 宮崎のおばさんとKちゃん帰宅。
T子さんに串木野の SSM へ。 妹は串木野から鹿児島へ。翌日帰宅。
父と私は、高城温泉へ。
・ 2015.10.24(土) : 朝早く高城温泉からバスで西方。宮之城で昼食。夜はT子さん宅でおよばれ。
・ 2015.10.25(日) : 川内 09:14 → 熊本 → 熊本港 → 島原港 11:40
島原散策。
・ 2015.10.26(月) : 父、原城址へ。島原散策。
・ 2015.10.27(火) : 島原外港 09:02 → 諫早 → 博多 → 新大阪 → 名古屋 17:25

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2015年11月21日
鹿児島 2015-6

鹿児島旅行 5日目(10/24)
川内高城温泉を朝 8時過ぎのバスで西方へ。バスから見えた海は、潮が引いていて人形岩まで行けそうでした。
この日は、お昼を食べに宮之城の「湯之元食堂」さんへ 4人で行くことになっていて、西方の Tおばさんのお家で T子さんと待ち合わせ。
高城温泉からは近いので、9時頃に 「おばさ〜ん、もう来ちゃった〜!」 のご挨拶(^^)
その後 jugon は、潮が引いている人形岩へ写真を撮りに。

今年もいつものお料理に舌鼓。また行けて良かった!
今年の鮎は岐阜で何度かいただいたものより断然美味しく、湯之元食堂さんの鮎の中でもダントツの気がしました。
そしたら、T子さんもそう感じられたそうです(^^)
「湯之元食堂」さん、後継者がいらっしゃらないので、いつまで続けられるか分からないとおっしゃっていました。あんなに美味しいお店がなくなってしまう前にまた行けたらいいのですが。今度、行けたら鰻にしようかな〜。 以前の記事は こちら

ティー・タイムは、川内まで戻って、T子さんのご主人の T大さんが設計をなさった"Bunker" さんへ。
みんなはコーヒー、jugon だけコーヒーゼリー。
こちらのお店は、夜は「敷炉屋」という焼肉屋さんも経営なさっているので、ドアには "BF" のイニシャルが。
川内滞在はこの日まででしたので、この後、また西方へ行き、お墓参りへ連れて行っていただきました。
暑い一日でしたが夕方のお墓は、涼しい風が吹き抜けて鳥が良く鳴いていました。

そしてそして、夜は、T子さんのお宅でお鍋パーティー・・・美味しいものをいただき過ぎの一日。
カトリーヌちゃんがいなくて寂しくなりましたが、事務所のシャイなシーちゃんは大きくなったそうですよ。カトリーヌちゃん
Tおばさんのところへ R恵ちゃんが持って来てくださっていたお魚や海老で海鮮鍋です。 Tおばさんの見事なお魚捌きをまた拝見できました。
jugon は海老の処理係りで、3人で和気あいあいの準備中の写真は残念ながらありません。父はひざ掛けをかけてもらって椅子でウトウト。
そうこうしている内に T大さんも帰宅され、美味しいお鍋料理とおしゃべり、父は歌っちゃうしで楽しく賑やかな夜がみるみる更けました。
そして翌日は、長崎の島原へ。
今日から名古屋〜大阪へ出かけるのですが、このところテンテコ舞い舞いで、記事が全然書けていません。
随分寒くなりましたので、みなさま、お体にお気をつけてお過ごしくださいませ♪
帰ってきたらまたお邪魔させていただきますね〜。
今日のニャーちゃん♪
川内高城温泉のおチビさん。
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2015年11月17日
川内高城温泉

串木野から川内へ戻り、その日宿泊予定の 川内高城温泉 (せんだいたきおんせん) 行きのバスを暇と一緒に父とホテルのロビーで待っていても、ちっとも時間が過ぎない。
退屈紛れに駅まで行ってみたら、教えてもらったのより早いバスがあり、ラッキー! 川内駅から高城温泉までは 20、30分でした。
この温泉は、西方(父の故郷) から近く、父が子供の頃に、自分が湯治に来たり父親が湯治をしているのをお見舞いに来たり、冬の寒い時に温まりに来たりと思い出がたくさんある温泉なのだそうです。
10年くらい前に母とも訪れたそうですが、また行ってみたいというので・・・。

「全国名湯百選」 に入っている温泉ですが、鄙びているというか寂れているというか全く活気がありません。
お土産屋さんっぽいのもあるにはあるのですが、お店番もいないし埃をかぶったような店内、ただ戸口が開いているだけ、のような・・・。
一軒、とても派手な飾りつけの酒屋さんだけが目立ちます(^^)
ここは昔から湯治場で、ほんの 3、400m の道路の両側に温泉旅館が並んでいて、普通の民家かと思うと「立ち寄り温泉」の看板がかかっていたり。

年に一度、川内へ行くようになってから毎年、泊まれる宿を探していましたが、自炊の宿泊施設ばかりで、残念に思っていたところ、今年の 5月に「山桜桃」(ゆすら) さんがオープンなさったと T子さんに教えていただき、やってきました。
温泉に浸かってみて 「全国名湯百選」 に選ばれた意味が分かりました。
柔らかくて本当に良いお湯です。
山桜桃さん、素泊まり 4,600円だったか・・・お食事は、朝夕1,000円ずつとのことでした。朝はまだしも夕食1,000円って!? どんなお料理なのか興味津々。
"もしも"(?) のことを考えてチーズとワインはしっかり抱えて、お邪魔したのですが・・・。
そんな心配はよそに、甑島近くで獲れた新鮮な鯵などのお刺身、お煮しめ、キビナゴの天麩羅、淡竹の胡麻和え、黒豚のとんかつ、地鶏の霜降りなど、地元の食材を使ったとても美味しく温かみのある家庭料理を出してくださいました。
お料理の写真、右下は朝食です。塩鮭、モズク酢、サラダ、お漬物、お味噌汁、これに卵料理も付いていましたが、jugon はパスでしたので写真がありません。旅先での自宅ような朝食になんとなくホッとした気分。
お米は自家製。夕食に出た地鶏も飼っていらっしゃるものだそうです。
奥様やご主人も大変気さくな方で、家庭的な雰囲気の中、父の知り合いや親戚の方のお話など地元話で盛り上がり、随分楽しい夜を過ごさせていただきました。

西郷さんが愛されたお湯と言われていますが、彼の書いたものの中にこの温泉のことが書かれたものは見つかっていないので、お忍びでいらしていたのだろうとのことですが、西郷さんならずとも何度も浸かりたいと思える温泉でした。
山桜桃さんのご主人始め温泉街の有志の方々で、もう少し活気ある温泉街にすべく、お客様にいらしていただくには美味しいものを出すのが一番と考え、最近は、ジビエなどのお料理の研究もなさっていらっしゃるそうです。
そんな努力が一日も早く実を結びますよう、心より応援したいと思います。
今日のニャーちゃん♪
高城温泉で最初に出会ったニャーちゃんです♪
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2015年11月15日
鹿児島 2015-5

鹿児島旅行の続きです。
10/23(4日目) は、T子さんが、昨年串木野に開館した 薩摩藩英国留学生記念館 (SSM) へ連れて行ってくださいました。
日本が鎖国をしていた江戸時代に密かに英国へ留学した若者がいたことをご存じでしたか?
この留学は、「生麦事件」として良く知られる 1862年に今の横浜市鶴見区生麦で起きた薩摩藩による英国人殺傷事件に端を発したと言えます。
日本の一藩である薩摩がイギリスという国を相手に戦争をした「薩英戦争」は、この生麦事件が発端であることは有名ですが、戦いに先立ち拿捕された薩摩藩の汽船に乗船していて捕虜になった中に後に留学生となる 松木弘安、五代友厚 がいました。
薩英戦争は、結局は、薩摩藩がイギリスの要求した賠償金 2万5,000ポンドを支払うことで和解が成立しますが、交渉中に薩摩側がイギリス側に軍艦購入の周旋を依頼したことから、以後、薩英の間に親密な関係が生まれ、彼らの英国留学の礎が築かれました。
長崎でトーマス・グラバーと懇意になり、世界情勢を知った五代友厚が薩摩藩へ提出した上申書が引き金となり 1865年2月13日薩摩藩は、視察員 4人と留学生 15人を選び、英国留学渡航の藩命を下します。
その年の4月、東シナ海に面した薩摩半島羽島浦(現鹿児島県いちき串木野市羽島)に寄港した洋式機帆船オースタライエン号で日本の近代化の原動力となった薩摩スチューデンツ一行はイギリスへと向かったのです。
藩として密航をさせてまで海外へ留学生を送った薩摩スピリッツ、革新的です。


彼らの業績は、こちら の "留学生人物紹介" をご参照ください。
↓ jugon 的抜粋 3名

NHK の朝ドラ「あさが来た」にも出てくる五代友厚。
↓ 1944ヴィンテージの "Fountain Grove"

カリフォルニアでワイン醸造を成功させた日本人がいたなんて!
留学時、最年少(13才) だった 長沢 鼎(ながさわ かなえ) は、後にアメリカに永住しカリフォルニアでのワイン醸造を成功させた。
1934年に82才で亡くなりましたが、1983年来日したレーガン大統領も国会の演説で彼の業績を称えたとありました。

村橋 久成(むらはし ひさなり) は、日本初のビール醸造所である、開拓使札幌麦酒醸造所(現在のサッポロビールの前身) 造るプロジェクトのリーダーとなった。

元町近くの外人墓地にある、生麦事件の犠牲者チャールズ・レノックス・リチャードソンのお墓。
両脇は、事件当時一緒にいたウィリアム・・マーシャルとウッドソープ・チャールズ・クラークのお墓。
事件の時には、もう一人マーガレット・ボロデール夫人も一緒だった。

T子さんと妹と jugon は、まぐろラーメン+餃子と半チャーハンを分けっこ。父はマーボー豆腐とラーメンセット。
T子さんが、お勧めとおっしゃらなかったら絶対に選ばないまぐろラーメンでしたが、と〜っても美味しかったです(^^)
お昼の後、妹は串木野駅から在来線で鹿児島へ。
父と jugon は、T子さんにホテルまで送っていただいて、その日宿泊予定の "高城温泉" へバスで向かいました。
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2015年11月08日
鹿児島 2015-4

ホテル探しのその後(^^)
空室ありの表示を見てクリックしてみても、ことごとく "空き室なし"
実際と Net は違うので、適当なホテルに問い合わせをしてみたら、やはり空室はなく、キャンセルが出る可能性が高いのは、キャンセル料が発生する前日とのこと。ではでは、またその頃に頑張ってみて、ダメだったら、大阪には実家から行くしか方法がありませんね。何事もできることは早めに・・・今回の教訓でした。
午前中は、父の友人のお宅へ。
2011年、母も一緒だった時には車を運転してホテルまで来てくださったり、一昨年にはご自分の山から木材を調達してお家を建てられたり、90才を過ぎても尚豪快で、ここ毎年川内に滞在中には何度かお会いしていて、このブログにもその事を書いていますが、その父の学生時代の同級生の方が、この4月に亡くなられてしまいました。
それで、お宅へお邪魔しました。
川内へ行ってももう親しい友人はいないと父はとても寂しがっています。
ここから書き忘れたことを追記しました
そして、ホテルへ戻ったらもうみんなが待っていてくれました。
T子さんと Rちゃんの車に分乗させていただいて、父はまた Yおばさんたちとお墓へ。
妹と私は、T子さんに 2号機も再稼働し始めた川内原発の方へ連れて行ってもらいました。妹は間近で見る炉の姿をパチリ(^^)
この日は、反対派のデモもなく静かで、帰り道で道路を横断するタヌキに出会いました・・・野生のタヌキを見たのは初めて! 尻尾がふわふわ〜。
追記、ここまで

毎年、9月から10月にかけて行われている川内のお隣り 阿久根市の「伊勢えび祭り」
これまた、海が見えるところで伊勢海老がいただけると知った父が、今年はどうしてもここへ行くと言って、総勢 7人で出かけました。
お店は、いつもはお土産を買うのに立ち寄る 道の駅 阿久根 です。

頭の部分は回収して、お味噌汁にしてくださいます。お刺身も良いけれど、これが美味しいんですよね〜(^^)

Tおばさんのお家の塀には、椎茸が!
入れ替わり立ち代わりいらっしゃるお友達や親戚の方でいつも明るい雰囲気のおばさん宅。
写真の右は、そんなご近所の方が持っていらした薩摩芋に人参の葉を混ぜて揚げてある、名前を思い出せませんが、おやつにもなる少し甘い揚げ物。
お土産にいくつか包んでくださったので、夕食の後、お腹がいっぱいなのにも拘わらず抓んでみたら美味しくてついつい完食(^^)

テーブルには、いろんなお菓子や果物がのり、お話も尽きず、今日もちっともお腰の上がらない父や Yおばさんを残して、私と従妹の Kちゃんは、夕日の人形岩を見に。 戻ったら猫たちが防波堤で遊んでいました。
人数が多くて車に乗れないので、妹は、この日もオレンジ鉄道で川内へ戻りました。
前の日は、おしゃべりが尽きず車組の私たちも川内へ送っていただくのが父のいつもの就寝時間を過ぎてしまったのと、お腹もほとんど空かないままで、夕食はなし。
この日もお腹は大して空いていなかったけれど、翌日、妹は鹿児島へ行く予定なので、今回の旅行で一緒に夕食ができるチャンスはこの夜しかなく、待ち合わせをして 3人で ”たくみ家” さんへ。
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2015年11月06日
鹿児島 2015-3

横浜は、今日もピカピカの秋晴れ


11/22 に夫の姪の結婚式が大阪であるのに、連休だということをすっかり忘れていて、昨日やっとホテル探しに着手。
そしたら、ナイナイナイ、全然ナイ!
一泊 5、6万も出せばあるけれど、そんなには出せません
それで、大阪だからと、京都とか兵庫とかも見てみても、紅葉シーズンで京都なんてもっと無理。
旅館や温泉情報を見ている内に、あ、ここ行ってみたいな、なんて気持ちは旅行モードに切り替わり、ネット・サーフィンしちゃったり・・・困ってるやら楽しんでいるやら(^^)

今年も、T子さんとTおばさんにはお世話になりっぱなし。
午前中はお墓参り、そして午後はおばさん家へ。
おばさんが豪快に鱗取りをなさった大きな黒鯛は、従妹の Rちゃんのご主人が夜釣って帰ってらしたもの。目が生きています。

何が楽しみって、このおばさんのお料理が一番! お煮しめは前の日から作ってくださっていて、しっかりしたお味なのにしつこくない絶妙さ。これこれこれ!って感じ。
黒鯛は、皮をさっと湯引きして、お刺身にしてくださいました。
塩昆布をまぶしたピーマンが美味しくて、妹と二人で家に帰ったら作ってみようね、って。
蕗は摘んだばかりのを、ささっと皮を剥いて煮てくださいました。今の季節に美味しい蕗で、知らなかったけれど父の大好物だそうです。
昆布巻きの中は、残っていた煮魚だそう。面倒そうなお料理もおばさんの手にかかったらあっという間。
今年は お赤飯を炊いてくださったのに、いただくだけで写真を撮り忘れてしまいました。
黒鯛のアラ煮は、jugon の味付け・・・ちょっと薄かったかも。
こうしてお昼をいただいて、海へ行ったり猫探しをしていたら、今年は 2泊の予定で父の妹の宮崎の Yおばさんと従妹の Kちゃんがいらっしゃいました。 みんなで今度はティー・タイム。
Tおばさんと父とは祖父同士が兄弟という遠い親戚ですが、お墓もとても綺麗にしてくださっていて、こんな風にみんなで押しかけてご馳走になったりで、良くしていただいてばかりです。
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2015年11月02日
鹿児島 2015-2

10/20(火) 、例年のように名古屋から新大阪、そして新大阪から九州新幹線の "さくら" で川内へ。
いつもより少し早い出発になったので、川内へ着いたのは午後 2時前。
この日は何も予定がないのに到着が早過ぎて、手持無沙汰もあって、川内の街を父と散策。
23日まで一緒だった妹は、名古屋のセントレアから鹿児島空港へという空の夕方便でやってきました。
鹿児島空港から川内まではバスで1時間半弱。川内行きの最終バスの発車が遅れたのもあって、この日は一緒のお部屋に宿泊予定でしたが、到着したのは夜の11時過ぎ。

この綱は、長さ 365m、重さ約 7t 、今年は9/22 に行われ 416回目だったそうです。戦国武将・島津義弘が、関ケ原の合戦に赴く兵士の士気を高めるために始めたとされ、無形民俗文化財に指定されています。
ご興味がおありでしたら、大綱を作るところなどの動画も UP されていますので 川内大綱引き保存会の Facebook をご覧ください。

去年、帰る日のお昼に連れて行っていただいて、気に入っていた父はショップ・カードを持って来ていました(^^)
CP が良く美味しくて、心が籠ったお料理です。父はピカピカのきびなごに舌鼓。南蛮漬けもオーダーしていました。
どれも美味しかったけれど、jugon の一押しはお肉に添えられた揚げ浸し。
こちらへは、妹が鹿児島へ移動する前夜に一緒にもう一度行き、同じようなメニューをお願いしたので重複したものを省いて 2回のお料理を載せています。

↓
今日のニャーちゃん♪
ブレていますが ズンズンスリスリちゃんも元気でした〜!
Shop 情報:"和dining たくみ家"
Tel: 0996-23-9407
住所: 鹿児島県薩摩川内市鳥追町 7-4
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2015年10月31日
鹿児島 2015-1

ただいま♪
鹿児島の川内に 5泊後、長崎の島原へ行き、27日に名古屋、そして、一昨日(29日) に横浜へ戻ってきました。
川内では、夏と思えるほどの太陽に迎えられ、その暑さがずっと続いていました。
島原へ向かうために降り立った熊本では、風が少し冷たくて、川内の暑さの中で邪魔にしていた上着を、その勢いのまま全部送り返してしまったことをちょっと後悔。
それでも、島原でもまた暑い毎日。
一滴の雨も降らず、晴天に恵まれた今回の旅、27日、名古屋へ戻る日は雨でした。
その雨で、少しずつ涼しくなり、横浜はもうすっかり晩秋の気配が漂い始めています。
みなさまお変わりなくお過ごしですか?
明日はもう11月。今年もそろそろ冬の足音が・・・。
今日のニャーちゃん♪
薩摩川内市西方のニャーちゃんです。
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2014年11月22日
鹿児島 2014-5

お友達の単身赴任中のご主人の、たまの週末、家に帰っていらっしゃった時の目下の趣味はお料理作り・・・それで、昨夜はおよばれでした。
牡蠣の佃煮、ミネストローネ、マッシュした南瓜のサラダ、スペアリブ、栗おこわ。
どれもきちんとした出来上がり、とっても美味しくて、南瓜のサラダは思うようにできないと 3回も作り直したのだそうです。凝り性ですね〜(^^)
他にもキノコのパイなどなど、そちらはお友達作のたくさんのお料理とワインでした。
帰ってきてからあら〜! でとっても残念。
今朝は、勧み過ぎたワインで久々のハング、やや頭痛

鹿児島旅行の続きです。
↑ ぼやけていますが、向こうに見える焼酎製造所跡の煙突が蔦に覆われてしまっていました 2012年の煙突
↓ の西方小学校の校歌(3番) にも歌われている「向山」の麓から写しました。

鹿児島滞在の 5日目(10/18) は、父の妹の Yおばさんとそのお嬢さん Kちゃんが宮崎からいらっしゃることになっていました。
↓ お二人の到着を待つ間、R恵ちゃん(こちらも父の妹のお嬢さん) に西方の隣町、阿久根へ昼食へ連れて行っていただきました。

一昨年(2012) の 5月に行ったお店にまた行きたいという父の要望で「十三」(とみ)さんへ。 本人に確かめていませんが、その時 伊勢海老のお味噌汁を食べ損ねたのを覚えていたのかしら?
お店が開く時間まで少しあったので阿久根港にも行ってくださいました。
昔はとても賑わった漁港で水揚げ量も多かったそうです。今もある程度大きな漁港ですが、町はシャッターが下りているお店が目立ちます。
お天気が良くて夏のように暑い日。
防波堤には全面に絵が描かれていてちょっとした憩いの場が作られています。向こうに見える左側の島(端だけ) には、鹿が住んでいるそうです。
途中にある道の駅でお買い物をしたりして、お二人が到着される時間ギリギリに川内へ戻りました。T子さんも来てくださってみんなで西方へ戻ってお墓参り。
それから、生徒がいなくなってもう一年以上たつ西方小学校へ行き、その後は、Tおばさん家でまったり。

父が子供の頃の向山は、上まで登ると視界が開けて海が一望でき風が通って夏も涼しかったそうです。
写生会があったり地域の人が集まったりよく登ったそうで前々から懐かしがっていたのを、丁度草刈りが済んだと教えてもらって登ってみました。
でも、木々が大きくなってしまって海はその間から見える程度。がんばって登った父も叔母もみんなでがっかり。
ほんの小高い山でしたが、その上だけに青と焦げ茶の綺麗な蝶がたくさん飛んでいました。どういう蝶でしょうね? 初めて見ました。
この蝶は "アサギマダラ"ほぼ日本中に分布しますが、春から夏に南から北へ移動し、移動した先で世代を重ね、秋になると南へ移動するそうです。
この秋の南下では直線距離 1,500Km以上を移動したり、一日に 200Km以上を移動する個体も確認されているそうです。

向山を後にして、叔母たちが帰るまでまだ少し時間あったので西方の海を防波堤の上から眺めていたら、父は階段を下りて海岸へ向かって行き、上半身裸で遊んでいたお子さんに声をかけていました。そんな暑い日でした。
この後、川内まで送っていただいて叔母たちは宮崎へ帰り、父と私は、T子さんと一緒に昼食をした後、オレンジ鉄道で熊本県水俣の「湯の鶴温泉」へ向かいました。
今日のニャーちゃん♪
道路の向こうからやってきて、壁にピョン、反対側へストン。
今日もいらしてくださってありがとうございます。
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jugon1911 at 23:30|この記事のURL│Comments(12)


