KAGOSHIMA

2016年11月22日

鹿児島 2016 -4

桜島 2016.10.16

百日紅の向こうに見える山は桜島です。


鹿児島 5日目(10/16)
とうとう 1か月以上前になってしまいました(^^)

前日に宮之城や曽木の滝へ行った帰り、T子さんのお家へお邪魔してご主人の Tさんも交えてビール片手に翌日の予定を立てました。
妹は、その後鹿児島へ行くことにしていて、お勧めの場所を訊ねていたのを聞いて、私たちも「甲突川の五石橋」として平成 5年まで現役だったアーチ石橋を移築した「石橋記念公園」へ連れて行ってもらうことにしました。
妹とも落ち合う計画です。

↓ 公園内の御門もあるりっぱな "西田橋"

西田橋

西田橋


欄干の向こうは、少し雲がかかった桜島(写真左上)

橋の裏側の留め石(写真右下) に「弘化三年 丙午 九月十一日留〇」と書かれています。〇の部分は読めませんでしたが、留め石の意だと思います。
弘化 3年は1846年。 (クリック&クリックで画像が拡大されます)


石橋公園


「甲突川の五石橋」(コウツキガワ ゴセッキョウ) とは、鹿児島湾(錦江湾) に注ぐ「甲突川」に江戸時代末期に城下整備の一環として、肥後(熊本県) から招いた 名石工・岩永三五郎 によって架けられた上流から "玉江橋"(タマエバシ) "新上橋"(シンカンバシ) "西田橋"(ニシダバシ) "高麗橋"(コウライバシ) "武之橋"(タケノハシ) の五橋のこと。
それらは、創建から 150年余に渡って現役の橋として利用されていたそうですが、平成 5年(1993) の集中豪雨で "武之橋" と "新上橋" が流出したため、残りの三つの橋を後世まで確実に残すために移設保存。

真ん中の石像は、石橋を作った 岩永三五郎。
左上の写真は、薩英戦争の時の砲台跡。薩摩が英国と戦争したなんて、いつ聞いても驚きます。 そしてここから砲弾を放ったなんて、今となっては信じられない。

薩英戦争



↓ 鹿児島へ行く前に寄った、薩摩川内市内にある "江之口橋"

江之口橋


こちらも「石橋公園」にあるアーチ石橋と同じ 石工岩永三五郎 によって 1849年8月に架橋されたものですが、今も現役です。 なんと 167才。
のどかな田舎に架かる小さな石橋。川から蟹が上がってきていました。いつまでもここにこうしてあって欲しい。


↓ 「石橋記念公園」に隣接する「多賀山公園」にある 東郷平八郎像

東郷平八郎

東郷平八郎が見つめるのは 錦江湾。


French


夜は、Tおばさんも合流して、T子さんご夫妻にご招待していただいた "ビストロ・ル・ソーリュー" (Bistoro Le Saulieu) で。
Tさんがお仕事の関係でご存じの川内市内に最近開店したフレンチです。
スタイリッシュな店内は、スペースを贅沢に使っていてゆったりしています。
お肉がどれもとても美味しく、お魚好みの父は、真鯛のカルパッチョが一番だったみたい。
ワインが随分良心的なお値段なのも、お客様に気に入っていただけそうです。
シェフは、フランス、ブルゴーニュの "ロワゾー" で修行をされ、その時に住んでいらした町 "Saulieu" がお店の名になっています。


今日のニャーちゃん♪

桜島と猫


猫ちゃんの後ろは桜島ですよ〜!
こんな場所でニャーちゃんに会えるなんて、超感激


長い記事を読んでくださってありがとうございます。


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2016年11月03日

鹿児島 2016 -3

曽木発電所遺構


今日は「文化の日」 ・・・ 文化と聞くと美術や演劇の鑑賞、読書などを思うのですが、この頃、そのどれからも遠ざかったまま。
風邪を引いていても食文化だけは活発な jugon ですが、今月もどうぞよろしくお願いいたします

一年中毎日、何かの日ですね、調べた訳でもありませんが、11/3 にはたくさんあるので、書いてみますね。
勿論、「文化の日」 そして、「レコードの日」「サンドイッチの日」「ハンカチの日」「漆の日」「文具の日」「マンガの日」「いいお産の日」「ゴジラの日」「みかんの日」
それぞれ理由があると思いますが、こんなにある日も珍しいのでは。


鹿児島 4日目(10/15) は、T子さんに、父の毎年の楽しみである宮之城にある「湯之元食堂」へ連れて行っていただき、「曽木の滝」や「発電所遺構」へも立ち寄りました。

↑ 鹿児島、薩摩郡さつま町にある「曽木発電所遺構」

「曽木発電所遺構」は、牛尾大口金山** の電源供給のために、明治42年(1909) 野口遵(のぐちしたがう:現在のチッソ(株)や旭化成工業(株)の設立者) によって設立された曽木電気(株) 第二発電所として建設された水力発電所跡です。


曽木発電所遺構


鶴田ダムの上流約9km、曽木の滝の約1.5Km 下流にあり、いつもは鶴田ダムの作る大鶴湖に沈んでいて、洪水に備えて貯水位を下げる時期にだけ姿を現すそうです。
元々は、東西の幅 43m 奥行20m 高さ19m 総面積は2207.7㎥(約669坪) 2階建て一部3階建ての建物で、鹿児島県に唯一残る明治時代のレンガ造りの建造物であり、我が国の電気化学工業発祥のきっかけとなった近代化産業遺産なのだそうです。

「曽木発電所遺構」については 鶴田ダムのHP に詳しく、全体の写真も掲載されています。

↓ 川内川の中流にある "東洋のナイアガラ" と言われる「曽木の滝」

曽木の滝


「曽木の滝」を訪れるのは 2度目です。
この前(2011年10月) には、気付かなかったのですが、猫がたくさ〜んいて、滝どころではない jugon でしたが、みなさんを待たせる訳にも行かず、後ろ髪引かれまくり(^^) 

2011年にここを訪れた時の記事は こちら です。


曽木の滝


↓ いつもの「湯之元食堂」

湯之元食堂


今年もお店が健在で行けたことに感謝。
今回は、T子さんに日程を調整していただいて、去年から行きたがっていた妹も一緒に行くことができました。
例年の鮎の塩焼き、鮎の味噌焼き、川海老、もくず蟹(山太郎蟹) のお味噌汁以外に、少し小さめでしたが、蒸した "もくず蟹" もオーダーしました。

食べやすくする前の "もくず蟹" は、こんな姿 です(^^)


今日のニャーちゃん♪

曽木にゃんこ

橋を背にポーズを決めてくれたシロクロちゃん


**牛尾大口金山:
1640年(寛永17)頃から、薩摩北部ほか各地で金鉱探しが進み、薩摩半島南部や大隅半島にも、金山が分布。鹿児島県に34 の金山があった。

明治35年(1902) から明治41年(1908) にかけ ての牛尾・大口両金山の年間産金量は400kg を超え、明治37年(1904) には650kg に達し、その頃の日本 一の金山となっている。
しかし、両金山とも 大正年間には衰えて、産金の記録は、牛尾金山が大正8年(1919) まで、大口金山が大正10年(1921) までで終わっている。

「湯之元食堂」
鹿児島県薩摩郡さつま町湯田1354-149
電話:0996-55-9301
営業時間:11:00〜14:00 17:30〜21:00
定休日 : 月曜日


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2016年10月30日

鹿児島 2016 -2

黒の瀬戸


鹿児島 3日目(10/14)

↑ 玄海、鳴門、に次ぐ日本三大急潮である薩摩の黒の瀬戸海峡にかかる「黒の瀬戸大橋」

黒の瀬戸海峡とは、八代海と東シナ海を結ぶ、鹿児島県北西部の阿久根市黒之浜と長島との間にある最も狭い所で約330メートルの海峡です。
特に春分・秋分の大潮時には、一日4回の潮の干満で、最大8ノット(約14.4Km) の潮流が大きな渦音を響かせて大小の渦潮を発生させるのだそうです。

ここ「長島」へは、4年前の5月にも来たことがあります。 その時は、ただの橋としか思っていなくてリンクをしただけでした(^^;
その時の記事は こちら です。


黒の瀬戸公園


パノラマ


道の駅「だんだん市場」の裏手から少し登ると海峡と橋を見渡せる高台へ出ました。
いつか是非、渦潮が見られる季節にも来てみたい場所です。


長島


「だんだん市場」はとても賑わっていて、水槽には、いろいろな魚やものすごく大きな伊勢海老もたくさん。


↓ 長島へ行く前に寄った「唐浜」

唐浜


唐浜は、薩摩川内市街地の北西部にあり、かなたに甑島を望む白砂浜が約2キロに渡って広がっていて、夏は海水浴客で賑わうのだそうですが、もうシーズンも終わり、雨ともなると人っ子一人いませんし、甑島もほとんど見えず。

唐浜


西方はこの向こうです。


↓ お昼は、今年も ”伊勢えび祭り” の阿久根へ

阿久根


父の頭の中では、Rちゃん="伊勢えび祭り" になっているようで、Rちゃんがどこかへ連れて行ってくれると聞くと「お昼は伊勢海老だな〜」と言います。
去年は、宮崎のおばたちや T子さんも一緒で賑やかでしたが、今年は 4人。鮑のお刺身も付いているランチにしました。去年の記事は こちら です。


↓ 今日はオマケ付き(^^)
クロアチアのプリトヴィツェ湖群公園

クロアチアのプリトヴィツェ湖群公園


お友達が数日前に訪れたと言って送ってくれたクロアチアの「プリトヴィツェ湖群公園」
こんなに美しい場所で、セルビア民族とクロアチア民族が戦っていたなんて。


今日のニャーちゃん♪

だんだん市場のにゃんこ


「だんだん市場」にいたキリリとしたお顔の子猫ニャーちゃん。



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2016年10月27日

鹿児島 2016 -1

西方の海


8日間の鹿児島・熊本の旅から先週水曜日に名古屋、そして金曜日に横浜へ戻りました。
随分遅くなりましたが、ただいま

疲れで体が弱っていたのか久しぶりに酷い風邪にかかってしまい名古屋へ戻った翌日から声変わり・・・声だけだと誰だか分からないそうです
喉が痛く、咳が出て、頭が痛い・・・そんな症状が 1週間続いています。
もうそろそろ風邪で引き籠りにも飽きてきました

季節の変わり目、みなさまもご注意くださいね。


↑ もうお馴染みになったかも知れない西方の人形岩のある景色(^^)

鹿児島にいた 5日間、今年は、最後の一日を置いてお天気に恵まれずほぼ曇り時々雨の毎日。西方の浜辺へ下りたこの日は、海は凪いでいましたが一日中曇り空。


西方の海


なかなか綺麗な夕陽に映える人形岩が撮れません。


おばさん家でのお昼


午前中はお墓参り、戻ったら Tおばさんがお昼を準備して待っていてくださいました。 3人(父、妹、jugon) 共、伊勢海老のお味噌汁にニコニコ。
勿論、全員お代わりも! 大きな小豆のおこわも、美味しくて二つもいただいちゃって、お腹がいっぱい。

お腹熟しに、浜辺へ行って写したのが上の写真です。 去年までは一緒に海を見にでかけた父ですが、今年はそんな素振りも見せず。
浜辺から戻って脚立に上って柿の収穫をしたのはこの日だったかな? 形の良い大きな渋柿、もらって帰って焼酎をたらして密閉していたのを、さっき食べてみたら、トロリとして甘くて美味しい柿に変身していました


川内 1日目


川内へ着いたのは前日でしたが、駅の改札口に宮崎の Yおばさんや Kちゃんたち、それに飛行機で私たちを追い越して行った妹も迎えに来てくれていてビックリ。
みんなで一緒に摂った夕食が↑
撮り忘れがいくつか。 でも、ピカピカで新鮮な "きびなご" はちゃ〜んと撮っていました。


↓ 昨日初冠雪が報じられた富士山。

Mt.Fuji


鹿児島も熊本も暑かったのと行く前のバタバタで 9月がすっ飛び、なんだか季節感に狂いが生じていますが、思えばすでに 10月下旬。 お天気さえ良ければベランダから富士山が見える季節になりました。


今日のニャーちゃん♪

港のねこ


港の奥でカモメを追っかけていたクロちゃん。


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2015年12月08日

2015 鹿児島〜長崎

西方の海


2011年は両親と、それ以降は父と 2012年は特別に 5月にも行きましたがそれ以外は、毎年 10月に訪れている鹿児島。
今年は、10月20日から川内と高城温泉に 5泊、長崎の島原に 2泊。

いつもながら、T叔母さんご一家にはお世話になりっぱなしの私たちでしたが、今年は妹も来て、父の妹親子も一緒で賑やかで楽しい日々でした。

帰りに寄った島原は、思いかけず父と別行動になり、リフレッシュもできて島原を堪能した感じ(^^)

年齢の割に・・・今年 93才・・・足腰もしっかりしている父ではありますが、これがずっと続く訳ではありませんので、その年その年を大切にまた来年を楽しみにしたいと思っています。


船が行く


最近、間隔の空くことが多い当ブログ、この旅行記にも長々と 1ヵ月以上かかってしまいました。自分の記録のためという思いもあって綴ってきましたが、読んでくださったみなさまには感謝いたします。


人形岩


・ 2015.10.20(火) : 名古屋 08:21 → 新大阪 → 川内 13:48
新大阪での乗り換え時間 30分ほどの間にトイレへ行った父がなかなか戻って来ず、電車の時間が気になり見ず知らずの男性に見て来てくださるようお願いをする一幕も。 午後11時過ぎ妹到着。

・ 2015.10.21(水) : お墓参り。Tおばさん宅で昼食。夕方、宮崎の叔母さんと Kちゃん合流。 午後 7時過ぎまで滞在。

・ 2015.10.22(木) : 午前中 K様宅。父と宮崎組は、Rちゃんの車でお墓。 妹と私は T子さんが原発へ。 阿久根の道の駅で待ち合わせ後、昼食。Tおばさん宅に 6時過ぎまで滞在。 妹と 3人で夕食。

・ 2015.10.23(金) : 宮崎のおばさんとKちゃん帰宅。
T子さんに串木野の SSM へ。 妹は串木野から鹿児島へ。翌日帰宅。
父と私は、高城温泉へ。

・ 2015.10.24(土) : 朝早く高城温泉からバスで西方。宮之城で昼食。夜はT子さん宅でおよばれ。

・ 2015.10.25(日) : 川内 09:14 → 熊本 → 熊本港 → 島原港 11:40
島原散策。

・ 2015.10.26(月) : 父、原城址へ。島原散策。

・ 2015.10.27(火) : 島原外港 09:02 → 諫早 → 博多 → 新大阪 → 名古屋 17:25

父



今日のニャーちゃん♪

西方ニャンコ


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2015年11月21日

鹿児島 2015-6

引き潮


鹿児島旅行 5日目(10/24)


川内高城温泉を朝 8時過ぎのバスで西方へ。バスから見えた海は、潮が引いていて人形岩まで行けそうでした。

この日は、お昼を食べに宮之城の「湯之元食堂」さんへ 4人で行くことになっていて、西方の Tおばさんのお家で T子さんと待ち合わせ。
高城温泉からは近いので、9時頃に 「おばさ〜ん、もう来ちゃった〜!」 のご挨拶(^^)

その後 jugon は、潮が引いている人形岩へ写真を撮りに。


↓ 「湯之元食堂」さんでのお昼。

湯の元食堂


今年もいつものお料理に舌鼓。また行けて良かった! 
今年の鮎は岐阜で何度かいただいたものより断然美味しく、湯之元食堂さんの鮎の中でもダントツの気がしました。
そしたら、T子さんもそう感じられたそうです(^^)

「湯之元食堂」さん、後継者がいらっしゃらないので、いつまで続けられるか分からないとおっしゃっていました。あんなに美味しいお店がなくなってしまう前にまた行けたらいいのですが。今度、行けたら鰻にしようかな〜。 以前の記事は こちら


Bunker


ティー・タイムは、川内まで戻って、T子さんのご主人の T大さんが設計をなさった"Bunker" さんへ。
みんなはコーヒー、jugon だけコーヒーゼリー。
こちらのお店は、夜は「敷炉屋」という焼肉屋さんも経営なさっているので、ドアには "BF" のイニシャルが。

川内滞在はこの日まででしたので、この後、また西方へ行き、お墓参りへ連れて行っていただきました。
暑い一日でしたが夕方のお墓は、涼しい風が吹き抜けて鳥が良く鳴いていました。


T子さん家


そしてそして、夜は、T子さんのお宅でお鍋パーティー・・・美味しいものをいただき過ぎの一日。
カトリーヌちゃんがいなくて寂しくなりましたが、事務所のシャイなシーちゃんは大きくなったそうですよ。カトリーヌちゃん

Tおばさんのところへ R恵ちゃんが持って来てくださっていたお魚や海老で海鮮鍋です。 Tおばさんの見事なお魚捌きをまた拝見できました。
jugon は海老の処理係りで、3人で和気あいあいの準備中の写真は残念ながらありません。父はひざ掛けをかけてもらって椅子でウトウト。

そうこうしている内に T大さんも帰宅され、美味しいお鍋料理とおしゃべり、父は歌っちゃうしで楽しく賑やかな夜がみるみる更けました。

そして翌日は、長崎の島原へ。


今日から名古屋〜大阪へ出かけるのですが、このところテンテコ舞い舞いで、記事が全然書けていません。
随分寒くなりましたので、みなさま、お体にお気をつけてお過ごしくださいませ♪
帰ってきたらまたお邪魔させていただきますね〜。


今日のニャーちゃん♪

高城ニャン


川内高城温泉のおチビさん。


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2015年11月17日

川内高城温泉

高城温泉


串木野から川内へ戻り、その日宿泊予定の 川内高城温泉 (せんだいたきおんせん) 行きのバスを暇と一緒に父とホテルのロビーで待っていても、ちっとも時間が過ぎない。
退屈紛れに駅まで行ってみたら、教えてもらったのより早いバスがあり、ラッキー! 川内駅から高城温泉までは 20、30分でした。

この温泉は、西方(父の故郷) から近く、父が子供の頃に、自分が湯治に来たり父親が湯治をしているのをお見舞いに来たり、冬の寒い時に温まりに来たりと思い出がたくさんある温泉なのだそうです。
10年くらい前に母とも訪れたそうですが、また行ってみたいというので・・・。


高城温泉


「全国名湯百選」 に入っている温泉ですが、鄙びているというか寂れているというか全く活気がありません。
お土産屋さんっぽいのもあるにはあるのですが、お店番もいないし埃をかぶったような店内、ただ戸口が開いているだけ、のような・・・。
一軒、とても派手な飾りつけの酒屋さんだけが目立ちます(^^)

ここは昔から湯治場で、ほんの 3、400m の道路の両側に温泉旅館が並んでいて、普通の民家かと思うと「立ち寄り温泉」の看板がかかっていたり。


山桜桃


年に一度、川内へ行くようになってから毎年、泊まれる宿を探していましたが、自炊の宿泊施設ばかりで、残念に思っていたところ、今年の 5月に「山桜桃」(ゆすら) さんがオープンなさったと T子さんに教えていただき、やってきました。

温泉に浸かってみて 「全国名湯百選」 に選ばれた意味が分かりました。
柔らかくて本当に良いお湯です。

山桜桃さん、素泊まり 4,600円だったか・・・お食事は、朝夕1,000円ずつとのことでした。朝はまだしも夕食1,000円って!? どんなお料理なのか興味津々。

"もしも"(?) のことを考えてチーズとワインはしっかり抱えて、お邪魔したのですが・・・。
そんな心配はよそに、甑島近くで獲れた新鮮な鯵などのお刺身、お煮しめ、キビナゴの天麩羅、淡竹の胡麻和え、黒豚のとんかつ、地鶏の霜降りなど、地元の食材を使ったとても美味しく温かみのある家庭料理を出してくださいました。

お料理の写真、右下は朝食です。塩鮭、モズク酢、サラダ、お漬物、お味噌汁、これに卵料理も付いていましたが、jugon はパスでしたので写真がありません。旅先での自宅ような朝食になんとなくホッとした気分。
お米は自家製。夕食に出た地鶏も飼っていらっしゃるものだそうです。

奥様やご主人も大変気さくな方で、家庭的な雰囲気の中、父の知り合いや親戚の方のお話など地元話で盛り上がり、随分楽しい夜を過ごさせていただきました。


五助屋


西郷さんが愛されたお湯と言われていますが、彼の書いたものの中にこの温泉のことが書かれたものは見つかっていないので、お忍びでいらしていたのだろうとのことですが、西郷さんならずとも何度も浸かりたいと思える温泉でした。

山桜桃さんのご主人始め温泉街の有志の方々で、もう少し活気ある温泉街にすべく、お客様にいらしていただくには美味しいものを出すのが一番と考え、最近は、ジビエなどのお料理の研究もなさっていらっしゃるそうです。
そんな努力が一日も早く実を結びますよう、心より応援したいと思います。


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高城ニャーちゃん


高城温泉で最初に出会ったニャーちゃんです♪


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2015年11月15日

鹿児島 2015-5

薩摩Students


鹿児島旅行の続きです。

10/23(4日目) は、T子さんが、昨年串木野に開館した 薩摩藩英国留学生記念館 (SSM) へ連れて行ってくださいました。


日本が鎖国をしていた江戸時代に密かに英国へ留学した若者がいたことをご存じでしたか?

この留学は、「生麦事件」として良く知られる 1862年に今の横浜市鶴見区生麦で起きた薩摩藩による英国人殺傷事件に端を発したと言えます。

日本の一藩である薩摩がイギリスという国を相手に戦争をした「薩英戦争」は、この生麦事件が発端であることは有名ですが、戦いに先立ち拿捕された薩摩藩の汽船に乗船していて捕虜になった中に後に留学生となる 松木弘安、五代友厚 がいました。

薩英戦争は、結局は、薩摩藩がイギリスの要求した賠償金 2万5,000ポンドを支払うことで和解が成立しますが、交渉中に薩摩側がイギリス側に軍艦購入の周旋を依頼したことから、以後、薩英の間に親密な関係が生まれ、彼らの英国留学の礎が築かれました。

長崎でトーマス・グラバーと懇意になり、世界情勢を知った五代友厚が薩摩藩へ提出した上申書が引き金となり 1865年2月13日薩摩藩は、視察員 4人と留学生 15人を選び、英国留学渡航の藩命を下します。

その年の4月、東シナ海に面した薩摩半島羽島浦(現鹿児島県いちき串木野市羽島)に寄港した洋式機帆船オースタライエン号で日本の近代化の原動力となった薩摩スチューデンツ一行はイギリスへと向かったのです。

藩として密航をさせてまで海外へ留学生を送った薩摩スピリッツ、革新的です。

串木野

薩摩スチューデント


彼らの業績は、こちら の "留学生人物紹介" をご参照ください。

↓ jugon 的抜粋 3名


五代友厚

NHK の朝ドラ「あさが来た」にも出てくる五代友厚。


↓ 1944ヴィンテージの "Fountain Grove"

ファンテングローヴ


カリフォルニアでワイン醸造を成功させた日本人がいたなんて!

留学時、最年少(13才) だった 長沢 鼎(ながさわ かなえ) は、後にアメリカに永住しカリフォルニアでのワイン醸造を成功させた。
1934年に82才で亡くなりましたが、1983年来日したレーガン大統領も国会の演説で彼の業績を称えたとありました。


サッポロ・ビール


村橋 久成(むらはし ひさなり) は、日本初のビール醸造所である、開拓使札幌麦酒醸造所(現在のサッポロビールの前身) 造るプロジェクトのリーダーとなった。


↓ ここに良く猫ちゃんが寝ていますよ。

外人墓地


元町近くの外人墓地にある、生麦事件の犠牲者チャールズ・レノックス・リチャードソンのお墓。
両脇は、事件当時一緒にいたウィリアム・・マーシャルとウッドソープ・チャールズ・クラークのお墓。
事件の時には、もう一人マーガレット・ボロデール夫人も一緒だった。


↓ お昼は "まぐろラーメン" でした!

まぐろラーメン


T子さんと妹と jugon は、まぐろラーメン+餃子と半チャーハンを分けっこ。父はマーボー豆腐とラーメンセット。

T子さんが、お勧めとおっしゃらなかったら絶対に選ばないまぐろラーメンでしたが、と〜っても美味しかったです(^^)


お昼の後、妹は串木野駅から在来線で鹿児島へ。
父と jugon は、T子さんにホテルまで送っていただいて、その日宿泊予定の "高城温泉" へバスで向かいました。


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ニャーオ



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2015年11月08日

鹿児島 2015-4

夕焼け


ホテル探しのその後(^^)

空室ありの表示を見てクリックしてみても、ことごとく "空き室なし"
実際と Net は違うので、適当なホテルに問い合わせをしてみたら、やはり空室はなく、キャンセルが出る可能性が高いのは、キャンセル料が発生する前日とのこと。ではでは、またその頃に頑張ってみて、ダメだったら、大阪には実家から行くしか方法がありませんね。何事もできることは早めに・・・今回の教訓でした。


鹿児島旅行 3日目(10/22)

午前中は、父の友人のお宅へ。
2011年、母も一緒だった時には車を運転してホテルまで来てくださったり、一昨年にはご自分の山から木材を調達してお家を建てられたり、90才を過ぎても尚豪快で、ここ毎年川内に滞在中には何度かお会いしていて、このブログにもその事を書いていますが、その父の学生時代の同級生の方が、この4月に亡くなられてしまいました。
それで、お宅へお邪魔しました。
川内へ行ってももう親しい友人はいないと父はとても寂しがっています。

ここから書き忘れたことを追記しました
そして、ホテルへ戻ったらもうみんなが待っていてくれました。
T子さんと Rちゃんの車に分乗させていただいて、父はまた Yおばさんたちとお墓へ。
妹と私は、T子さんに 2号機も再稼働し始めた川内原発の方へ連れて行ってもらいました。妹は間近で見る炉の姿をパチリ(^^)
この日は、反対派のデモもなく静かで、帰り道で道路を横断するタヌキに出会いました・・・野生のタヌキを見たのは初めて! 尻尾がふわふわ〜。
追記、ここまで

お昼は 「伊勢えび祭り」

ランチ


毎年、9月から10月にかけて行われている川内のお隣り 阿久根市の「伊勢えび祭り」
これまた、海が見えるところで伊勢海老がいただけると知った父が、今年はどうしてもここへ行くと言って、総勢 7人で出かけました。
お店は、いつもはお土産を買うのに立ち寄る 道の駅 阿久根 です。


阿久根


頭の部分は回収して、お味噌汁にしてくださいます。お刺身も良いけれど、これが美味しいんですよね〜(^^)


しいたけ


Tおばさんのお家の塀には、椎茸が!

入れ替わり立ち代わりいらっしゃるお友達や親戚の方でいつも明るい雰囲気のおばさん宅。
写真の右は、そんなご近所の方が持っていらした薩摩芋に人参の葉を混ぜて揚げてある、名前を思い出せませんが、おやつにもなる少し甘い揚げ物。
お土産にいくつか包んでくださったので、夕食の後、お腹がいっぱいなのにも拘わらず抓んでみたら美味しくてついつい完食(^^)


夕暮れ


テーブルには、いろんなお菓子や果物がのり、お話も尽きず、今日もちっともお腰の上がらない父や Yおばさんを残して、私と従妹の Kちゃんは、夕日の人形岩を見に。 戻ったら猫たちが防波堤で遊んでいました。

人数が多くて車に乗れないので、妹は、この日もオレンジ鉄道で川内へ戻りました。
前の日は、おしゃべりが尽きず車組の私たちも川内へ送っていただくのが父のいつもの就寝時間を過ぎてしまったのと、お腹もほとんど空かないままで、夕食はなし。
この日もお腹は大して空いていなかったけれど、翌日、妹は鹿児島へ行く予定なので、今回の旅行で一緒に夕食ができるチャンスはこの夜しかなく、待ち合わせをして 3人で ”たくみ家” さんへ。


今日のニャーちゃん♪

シロクロちゃん


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2015年11月06日

鹿児島 2015-3

人形岩


横浜は、今日もピカピカの秋晴れ

11/22 に夫の姪の結婚式が大阪であるのに、連休だということをすっかり忘れていて、昨日やっとホテル探しに着手。
そしたら、ナイナイナイ、全然ナイ!
一泊 5、6万も出せばあるけれど、そんなには出せません
それで、大阪だからと、京都とか兵庫とかも見てみても、紅葉シーズンで京都なんてもっと無理。

旅館や温泉情報を見ている内に、あ、ここ行ってみたいな、なんて気持ちは旅行モードに切り替わり、ネット・サーフィンしちゃったり・・・困ってるやら楽しんでいるやら(^^)


鹿児島旅行 2日目(10/21)  

うろこ取り


今年も、T子さんとTおばさんにはお世話になりっぱなし。
午前中はお墓参り、そして午後はおばさん家へ。

おばさんが豪快に鱗取りをなさった大きな黒鯛は、従妹の Rちゃんのご主人が夜釣って帰ってらしたもの。目が生きています。


おばさんのお料理


何が楽しみって、このおばさんのお料理が一番! お煮しめは前の日から作ってくださっていて、しっかりしたお味なのにしつこくない絶妙さ。これこれこれ!って感じ。
黒鯛は、皮をさっと湯引きして、お刺身にしてくださいました。
塩昆布をまぶしたピーマンが美味しくて、妹と二人で家に帰ったら作ってみようね、って。
蕗は摘んだばかりのを、ささっと皮を剥いて煮てくださいました。今の季節に美味しい蕗で、知らなかったけれど父の大好物だそうです。
昆布巻きの中は、残っていた煮魚だそう。面倒そうなお料理もおばさんの手にかかったらあっという間。
今年は お赤飯を炊いてくださったのに、いただくだけで写真を撮り忘れてしまいました。
黒鯛のアラ煮は、jugon の味付け・・・ちょっと薄かったかも。

こうしてお昼をいただいて、海へ行ったり猫探しをしていたら、今年は 2泊の予定で父の妹の宮崎の Yおばさんと従妹の Kちゃんがいらっしゃいました。 みんなで今度はティー・タイム。

Tおばさんと父とは祖父同士が兄弟という遠い親戚ですが、お墓もとても綺麗にしてくださっていて、こんな風にみんなで押しかけてご馳走になったりで、良くしていただいてばかりです。


今日のニャーちゃん♪

ニャオ



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いらしてくださってありがとうございました。
今日も良い一日でありますように