2015年12月06日

長崎、島原 -3

鯉の泳ぐ町


10/26 島原の一人歩きの続きです。

島原が水の都と言われる所以は、町中の至るところにある湧水スポット。 市内に 60カ所以上あるそうです。
雲仙山系に涵養された伏流水はどのように流れ、どのように湧き出してきているのでしょう? 街を輪切りにしたら面白そう。

この湧水は 1792年の雲仙岳の噴火と群発地震の地殻変動で誘発され湧き出しが始まったと言われていて、適度に炭酸ガスを含んでいるのだとか。
島原の観光名所はほぼ廻ったつもりの jugon ですが、散策ついでの湧水巡りも楽しそうなのに、一口飲んでみただけで炭酸を含んでいるかどうか分からないままなのが、ちょっと残念。

でも、前にも書きましたがホテルにあった "炭酸泉" は、温泉で温まった体でさえ冷たくて体を沈めるのに躊躇しますが、入ってしまえば徐々に温かくなってきて、炭酸はお肌に良いと評判なので、頭まですっぽり潜水したい気分でした(^^)


↓ 一番高いのが溶岩ドームでできた "平成新山"(1483m)

平成新山


雲仙岳は過去 3回噴火していますが、2回目の1792年の噴火から 198年ぶりの平成2年(1990) 11月の一番最近の普賢岳の噴火は記憶に鮮明。

噴火の翌年 6月の、もうもうと煙を巻き上げながら山肌を降りてくる火砕流の映像、その前を人が走って逃げている様子などは、それを見た人誰もが忘れられない光景だと思います。

↑ "平成新山" は、1991年の5月に現れた溶岩ドームがどんどん大きくなり、普賢岳の山頂(1359m) より高くなったので 1996年 5月にその名を命名。そして、その翌月に約 5年に及ぶ火山活動終息宣言がなされました。


因みに、1回目は 1663-1664年頃。
2回目の 1792年の噴火では、城下町島原を見下ろす形で聳える雲仙岳眉山が、雲仙岳の火山活動、それに伴う直下型地震により山体崩壊し "島原大変肥後迷惑"** と呼ばれる、有史以来日本最大の火山災害を引き起こしました。

**島原大変肥後迷惑(しまばらたいへんひごめいわく) とは、1792年5月21日(寛政4年4月1日) に肥前国島原(現在の長崎県) で発生した雲仙岳の火山性地震およびその後の眉山の山体崩壊(島原大変) と、それに起因する津波が島原や対岸の肥後国(現在の熊本県) を襲った(肥後迷惑) ことによる災害。

ところで、 "島原大変肥後迷惑" って分かり易いと言うか言い得て妙。
そんな対象ではないけれど、現代なら流行語大賞が取れそうですね。


↓ 道の駅 "みずなし本陣" に隣接する 土石流被災家屋保存公園
 
普賢岳と埋もれた家


普賢岳からの土石流により埋もれてしまった家々が当時のまま保存されていて、とても衝撃的でした。
これらの家は、土石流が緩やかに流れて来たため、押し流されたり倒壊することなく埋もれてしまったのだそうです。

こちらへは、思わぬ展開からある方に連れて行っていただきました。

↓ 車のような形の "湯島" (談合島)** 他、島原から海を望む

談合島


前の記事で、気になっていた場所と書いたのは、島鉄本社前駅から市街とは反対の海方向にある "霊丘公園"(れいきゅうこうえん)

霊丘公園自体に興味はなかったのですけれど、父がそこから "ダンゴウ島" が見えたと言い、ホテルの方に尋ねたところ、談合島は随分遠いし方向的に見えないのではないか、とおっしゃいました。
でも、父が言い張るので、ちょっと確認したかったのです。

熊本から島原へ渡るフェリーから見えた小さな島は、四明荘の市の職員の方に依れば、丸い形をしているので "だんご島" (写真、左上)
霊丘公園の高台から見てみても "談合島" らしき島は望めず、見えるのは "だんご島" だけ。
それで、まさかとは思うもののひょっとしたら父はその "だんご島" を "談合島" と勘違いしているのかと jugon は疑ってしまったのですが、丘を降りる途中でお会いしたお散歩をなさっている方にお尋ねしてみたら、お天気が良く視界が良い日には、ここからも "湯島" は見えますよ、とのことでした。

そして、暫くお話をしている内に、時間もあるので良かったら島原から一番近くに "湯島" の見えるところまでお連れしましょう、とおっしゃってくださいました。
その場所へ行く途中で、せっかくだからと寄ってくださったのが土石流被災家屋保存公園でした。

お世話になった Y様、思いがけず貴重な体験をさせていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。


**湯島(談合島) とは、有明海にぽっかりと浮かぶ離島。 1637〜1638年に起こった「天草・島原の乱」の際、この "湯島" で天草と島原の両軍の代表者が集まり、作戦を練り、武器を作ったことから、別名 "談合島" と呼ばれるようになった。 島の人口約500人、面積0.52㎢、周囲6.5km。


長くなりましたが、jugon の島原巡り、ご一緒に楽しんでいただけたら幸甚です。最後まで読んでくださった方、お疲れさまでした。 ありがとうございました。


↓ ホテルの朝食と乗った電車などなど

乗車した電車などなど


翌日(10/27) は、それまでの晴天が一気に崩れて雨になりました。
島原外港駅からあの黄色い島原鉄道で、海沿いを諫早まで。 諫早から博多までは特急「かもめ」。そして、博多からは九州新幹線「さくら」、新大阪から東海道新幹線というルートで名古屋へ戻りました。
朝 9時くらいに出発して名古屋へ到着したのは 5時過ぎだったでしょうか。


今日のニャーちゃん♪

島原の茶トラちゃん-2


猫ちゃんに会うだけでもやっとの jugon
島原らしさは全くゼロの "島原茶トラン Ver-2" (^^)


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いらしてくださってありがとうございました。
今日も良い一日でありますように


jugon1911 at 23:43│Comments(8)TrackBack(0)Trip | NAGASAKI

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この記事へのコメント

1. Posted by Mchappykun2   2015年12月07日 04:49
土石流が緩やかに流れて来ることがあるのですね。でも,怖いですね。
日本の景色はどことなく優しさを感じます。何故でしょうね。
⬇の夕食がおいしそう。それに日本のホテルの朝食も本当に素晴らしい!
2. Posted by ururu   2015年12月07日 16:10
jugonさん、島原に行かれたんですね♪
私は昨年の春、長崎観光のついでに・・・(^^;)

諫早駅のゼロ番線ホームから、
第三セクターの島原鉄道に乗り、行ってきました〜♪

湧き水の水路が続く歴史の街の重さと慎ましさ・・・。
今も思い出に残る、美しい街でした☆

なつかしいな・・・

ありがとうございます♪
3. Posted by jugon   2015年12月07日 21:29
>Mchappykun2さんへ

Mchappykun2さん、こんばんは

距離があるので、だんだんゆっくりになったのかと思いますが、調べてみないと分かりません。
自分の家をめがけて土石流が流れるくるのは恐怖ですね。埋もれた家を目の当りにしてショックでした。
木造と土壁の家は見た目にもぬくもりがあり、島原の景色はずっと日本に住む私にも優しく感じられました。
ホテルの朝食はヴァイキングでした。二日とも同じものを選んできました(^^)

Mchappykun2さん、ありがとうございます♪
4. Posted by jugon   2015年12月07日 21:36
>ururuさんへ

ururuさん、こんばんは

ururuさんは、諫早から島原へいらしたのですね。長崎からですとそうなりますね。
私は、熊本からフェリーで島原、帰りに島鉄で諫早でした。
ホームはどこへ着いたのかしら?乗り継ぎには時間があったのですが、ホームがどこかまで気が回りませんでした^^;
ururuさんもあの町を歩かれたってことを知らずにいてちょっと残念かも(^^)
きっとブログに書いていらっしゃいますよね?拝読してから行けたら良かったのに。

ururuさん、ありがとうございます♪
5. Posted by 小肥り   2015年12月07日 22:55
雲仙普賢岳の噴火と土石流は昨日のことのように覚えてる。
ヘリコプターから撮った山襞を走り降りる煙には
恐怖を覚えました。
すごいスピードで驚愕。
6. Posted by タヌ子   2015年12月08日 06:16
土石流に埋まった家々、屋根からもその立派さが分かるぐらいのお宅だからこそ、崩れることなく静かに埋まってしまったのかもしれませんね。
今の組み立て式建築だったら、埋まる前に分解されてしまいそう。
お父様がお一人で行かれた原城址、Jugonさんの素敵な写真で見てみたいです。
仔犬の世話で料理もろくに出来ず、外食もするチャンスがないので、旅館の夕飯の写真に涎が止まりません!
7. Posted by jugon   2015年12月08日 13:22
>小肥りさんへ

小肥りさん、こんにちは

あの頃は、火砕流の怖さが余り認識されていなかったのでしょうか、報道陣が随分近くまで行っていてTVで毎日様子を放映していましたね。
そのお蔭で、それ以降貴重な資料になっているそうですけれど。
あの中を人が走って逃げているのは、まるで映画を見ているようでしたね。

小肥りさん、ありがとうございます♪
8. Posted by jugon   2015年12月08日 13:30
>タヌ子さんへ

タヌ子さん、こんにちは

昔の日本の家屋ですね。この下に家財道具なども埋まっているのかと思うとやるせないですね。
台風などで起きる土石流とは規模が違っていたと思いますが、今だったらそうかもね。
原城址は、世界遺産かな、何かそんなのに手を挙げていると聞きました。
LUKAちゃん、意思の強そうなお顔していますから、なかなか言うことを聞いてくれなさそう。でも、今が大事ですものね。負けないでね(^^)

タヌ子さん、ありがとうございます♪

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